第6回

目が見えないことで僕が随分苦労していると思われがちだが、
実はそんなに苦労していない。
例えば通勤だが、舞阪中学校は母の通勤途中にあるので、
車で近くまで送ってもらっている。
一人で歩くのは、残りの数百メートルだけだ。
帰りは、同じ方向の先生方が送ってくださる。
夕方には親が家にいるので、迎えに来てもらうこともできる。
校内の移動についても、まったく困らない。なぜなら、
校舎もプールも、学校内の施設はすべて、僕の在学中から
何も変わっていないからだ。
僕は階段の段数まで覚えていて、授業に遅れそうな時は
階段をかけのぼったりもする。
僕のために学校が用意してくれたサポートも多い。
一番大きいのは人的なものだ。
T・T(チームティーチング)という授業形態のことは、
すでに書いた通りだが、ほかに、常勤講師の方が僕に付いてくれて、
子どもたちの提出物や職員会議の資料などを、
声を出して読んでくれる。
その他の先生方も何かと声をかけてくれる。
物にも助けられている。職員室の僕の机の上には、
画面を音声で表示する装置や、ノートパソコンがあり、
点訳された教科書がある。点字で表示できる電子手帳もある。
物が進歩しているから仕事がしやすくなった。
しかし、仮に人的サポートやコンピューターが無かったとしても、
僕は苦しくて教師をやめることは決してないだろう。
僕が教師として、苦しい時の支えとなるものは、
サポートの有無などではなく、何といっても子どもたちの声だ。
昼休みに職員室に来て、「先生、先生、」と話しかけてくれるのは、
本当にうれしい。
去年、教育実習で受け持った生徒たちは、今春、高校生になった。
たまに放課後遊びに来て、「面接試験で、尊敬する人を聞かれて、
先生の名前出したよ。」などと言ってくれる。
こんな時に、「教師というすばらしい仕事についたなあ。」と、
在職1カ月にして実感するのだった。

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