第25回
障害者のスポーツ活動を紹介してきた二つの雑誌、
「アクティブジャパン」(季刊)と「ばりあふりー」(月刊)が、
相次いで休刊になった。
障害者スポーツが脚光を浴びた長野冬季パラリンピックから、
まだ半年しかたっていない。
「アクティブジャパン」は、長野パラリンピックを見すえて、
1995年1月に創刊された。
紙面に力があったのに、なぜ浸透していかなかったのだろう。
顧客を持てなかったのだろうか?。
たとえば全国の障害者施設にお願いして、購読の確約を取って、
年間四回、四千円を都合つけてもらっていればよかったのに。
病院、施設、養護学校、盲学校、ろう学校などで、
何万部にもなるんじゃないかなあ?。
それも難しかったのかなあ?。残念でならない。
しかし僕は、流行物に弱く、何事も忘れやすい日本人の中では、
当然の帰結かもしれないとも思っている。
タイムリーな話題にしか関心がなく、刹那的で、
自分さえよければいいというような・・・・、
こうした傾向は子どもたちにも通じている。
要するに社会全体に、パラリンピックの体験を将来に生かそう!、
障害者と共に生きられる社会を作ろう!、という発想が、
非常に少ないのだ。
これまで日本では、
障害者スポーツがスポーツとして扱われてこなかった。
「障害者がスポーツするなんて、よくやるなあ」としか思われなかった。
仕事に追われ、スポーツで人生を豊かにしようという、
「生涯スポーツ」の考え方にもなじみのない人たちは、
障害者がスポーツしているのを見て、「いいなあ。障害を持ってるから
できるのかなあ」なんて思ってしまう面もあった。
スポーツを楽しむことが人間のメンタル面に良いのは、
周知の事実だ。
なのに障害者スポーツは、リハビリとしか見られてこなかったのだ。